<第1回>伝説の企画開発マン横井軍平氏が創業した「株式会社コト」の軌跡

パイプロイド PIPEROID
日本の紙文化が生んだ21世紀の郷土玩具
古都、京都。「世の中を楽しくする会社」株式会社コトは、ここ京都の中心地から様々なエンタメ商品を20年以上企画し続けています。
今回は株式会社コトの軌跡やオリジナルヒットシリーズ「パイプロイド」の魅力についてパイプロイド事業部ディレクターの福留慶さんに<全3回>にわたって語っていただきます。
◆目次◆
<第1回>伝説の企画開発マン横井軍平氏が創業した「株式会社コト」の軌跡
<第2回>「パイプロイド」ディレクターが天職に行き着くまでの道のり
<第3回>世界で大人気!「MADE IN KYOTO」パイプロイドの魅力に迫る!
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まず株式会社コトについてお聞かせください。もともと任天堂で「ゲームウォッチ」や「ゲームボーイ」などの大ヒット商品を企画担当された横井軍平さんが創業されたのですよね。
福留:
おっしゃる通り、弊社は横井と、任天堂時代に横井の部下だったメンバー数名が1996年に立ち上げた会社です。ゲーム制作で培った企画ノウハウをゲーム以外にも注ぎ込み、様々な商品を企画開発しています。
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パイプロイドのような自社オリジナル商品以外にも、大手玩具メーカーや大手教育関連企業の受託開発もされていますね。
福留:
いまでも大手玩具メーカーや大手教育関連企業の商品を企画・開発から製造まですべての工程をサポートする受託事業はメイン事業の1つです。創業当初もバンダイさんのWonderSwan(1999年3月発売の携帯型ゲーム機)を企画させていただきました。
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まさに創業者・横井さんの知見が詰まった事業からスタートされたのですね。
福留:
創業時からそのような大きなプロジェクトを推進できたのは、やはり横井の力が大きかったと思います。しかしながら、創業からわずか1年で、WonderSwanの発売を待たずして事故で急逝しました。
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カリスマを失い、会社の存続すら危ぶまれる出来事だったのではないかと思います。
福留:
横井の任天堂時代の部下で、創業メンバーでもある瀧(現・株式会社コト技術顧問)を中心に、横井の無念を胸に必死になってその難局を乗り越えたのだと思います。
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横井さんの思いを継承して今の株式会社コトがあるのですね。
福留:
そうですね。瀧を中心に「世の中を楽しくする」という思いはメンバーに共通しています。面白いことを考えるのが皆大好きなんです。
▲会議室に掲げられている言葉
福留:
瀧は技術顧問になった今も常に新しい企画に思いを巡らせていて、「パイプロイド」の発端となった「ひねもすキット」も瀧の企画した商品なんですよ。
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「パイプロイド」の起源となった「ひねもすキット」について、ぜひお聞かせください。
▲「ひねもすキット」を実演してくださる福留さん
福留:
家庭にたくさんあるチラシを筒状に巻いて、その巻いた筒を切ったり穴を開けたりすることで様々な立体造形を組み立てることのできるキットです。2004年にはホビー産業大賞も受賞し、組み立て方の解説が載った本まで出版されました。
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身の回りの紙を使って、自由に工作が出来て楽しそうですね!
福留:
おっしゃる通り、「なんでも自由に作れます」というコンセプトでこのキットを販売したのですが、一方で「自由すぎて何を作ったらいいかわからない」という声も多くいただきました。
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なるほど。自由度が高すぎて、逆に難しくなってしまったのですね。
福留:
紙パイプの組み立て遊び自体は好評だったので、であれば「はさみで切って組み立てる遊び」に特化しよう、ということになりました。そこから生まれたのが「パイプで作るアンドロイド」ということで「パイプロイド」です。
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「ひねもすキット」からの方針転換が「パイプロイド」を生んだのですね。
福留:
「ひねもすキット」が大ヒットしていたら、もしかすると「パイプロイド」は生まれていなかったかもしれませんね。おかげさまで「パイプロイド」は2006年の誕生以来続くロングランシリーズとなりました。
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最初から売れ行きは好調だったのでしょうか?
福留:
最初の頃はわずかな売上からのスタートで、メンバーが一つ一つ手でパイプを巻いて作っているような状況でした。しかし、スーベニアフロム東京さんに取り扱っていただいたのをきっかけに知名度が急上昇し、今では世界中に年間10万個以上出荷するシリーズへと成長しています。
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横井さん、瀧さんといった生粋の開発者が率いてこられた御社だからこそ「パイプロイド」が生まれたのだと良くわかりました。
福留:
私がコトに入社した理由は二つあって一つは「瀧と一緒に仕事してみたい」という思いでした。採用面接の時に話を聞いて「この人は面白い」と直感的に感じたのです。
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入社を決めたもう一つの理由はなんだったのでしょうか?
福留:
もう一つの理由は「パイプロイド」がやりたかったからです。私は前職でテレビゲームの商品企画をやっていたのですが、自分の子供に自信を持って勧められる商品を作りたいと考えたときに、ゲームよりも「ものづくり」がしたいと思ったんです。
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いろいろなモノがある中でなぜ「パイプロイド」を選ばれたのでしょうか??
福留:
世界的積み木メーカーのネフ社の積み木のように、子供達が自然の素材に触れながら、ものを作ったり遊んだりできる商品に携わりたいと考えました。日本にはなかなかそういうメーカーは少ないのですが、その思いに「パイプロイド」はぴったり当てはまったんです。
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たしかに、紙という自然素材で作ったり遊んだりできますね。
福留:
デジタルな遊びがあふれた現代だからこそ、子供達には自然のものを通した遊びを大切にしてほしい。「Made in Kyoto」のパイプロイドはそういった意味で、本当に誇りを持って仕事ができる商品だと思っています。
◇◇◇◇
創業1年で大黒柱を失いながらも、地道に成長を続けてきた株式会社コト。その裏側には「伝説の企画開発マン横井軍平氏」の意志を継ぐメンバーたちの奮闘がありました。
次回、福留さんが株式会社コトの仕事に携わるまでの道のりを語っていただきます。
To be continued <第2回>「パイプロイド」ディレクターが天職に行き着くまでの道のり
取材・文・写真:小縣拓馬
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