<第1回>玩具菓子の源流を辿る!カバヤ食品に眠る「玩具菓子伝説」

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<第1回>玩具菓子の源流を辿る!カバヤ食品に眠る「玩具菓子伝説」

カバヤ食品 玩具菓子

玩具菓子の製造・販売

一般的には「食玩」、お菓子業界的には「玩具菓子」「玩菓」と呼ばれる事の多い、オマケ付きのお菓子。中でもカバヤ食品は「ほねほねザウルス」「セボンスター」「ビッグワンガム」など、誰しもが一度は手に取ったことのあるロングランシリーズを展開しています。

 

今回はそんなカバヤ食品にお邪魔して、同社の玩具菓子の歴史や、現行の人気シリーズである「セボンスター」「ほねほねザウルス」について、<全3回>にわたってお話をうかがってきました。

 

◆目次◆

<第1回>玩具菓子の源流を辿る!カバヤ食品に眠る「玩具菓子伝説」

<第2回>生誕40周年!お菓子売り場の宝石「セボンスター」開発の舞台裏

<第3回>目指せ20周年!広がり続ける「ほねほねザウルス」ワールド!

 

◆◇◇◇

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カバヤ食品で玩具菓子を担当されておられます清水隆秀さん、吉田雄一さん、辻本敦志さん、サポートで広報室の岩本紘子さんにご対応していただきます。まずは清水さん、カバヤ食品の玩具菓子事業の歴史について教えていただけますか?

 

清水隆秀/玩具菓子事業全体を統括担当

 

清水:

まず戦後間もない1946年に「カバヤキャラメル」という商品からカバヤ食品は始まりました。そして1952年、「お腹を満たした後は教養が必要」ということでキャラメルのキャンペーン景品として「カバヤ児童文庫」が作られました。そこから子供向けの商品を作り始めたのです。

 

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最初は玩具・・・といっても本ですが、お菓子と別々の展開だったんですね。

 

清水:

その後、いくつか玩具菓子を発売しました。1977年に大きな玩具を付けた「エフワンガム」を発売したことを皮切りに、さらに大きな玩具を、という意識が生まれ、お菓子と玩具の商品価値の構成比率が逆転した「ビッグワンガム」が1978年に発売されました。

 

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あくまで「オマケ」程度だった玩具が、いつしか商品の主役として躍り出たわけですね。

 

清水:

「玩具価値の方がお菓子より大きい」というのは現在でこそ玩具菓子の主流ですが、それを最初にやったのは、「ビッグワンガム」です。

ネーミングの由来は大人気だったジャイアンツの王貞治選手(当時)の愛称「ワンちゃん」と、「世界に通用する一番の」、という意味を込めて名付けられました。これが年間約3000万個売れた大ヒット商品になりました。

 

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「年間3000万個」とは、想像もできない驚異的な大ヒットです。

 

清水:

まさに、売り場に積む端からなくなっていくという状態だったそうです。工場も休みなしで稼動していたらしいですからね。

 

◇◆◇◇

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御社が玩具菓子の開発を部署として確立されたのはいつ頃だったのでしょうか?

 

岩本:

それは、佐藤哲夫さん(元カバヤ食品・商品開発部長)の話によれば、あの東京オリンピックが開催された、1964年の1月だったそうです。

しかし、60年代の資料は、あまり残っておらず・・・。カバヤの歴史には謎がたくさんあります(笑)。

 

岩本紘子/広報室

 

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「ジューCダブル」という、人形の頭が付いたディスペンサーを作られていたのが1966年でしたから、樹脂製の立体物開発はかなり早くから手がけておられたように思います。

 

岩本:

1966年当時、カバヤリーフという販売子会社がオマケ付き菓子を始めていて、そこに「エフワンガム」を開発した佐藤哲夫さんも所属されていました。カバヤ食品はカバヤリーフを吸収合併した後に、玩具菓子を本格的に開発するようになったようです。

 

清水:

「ビッグワンガム」が作られたのも、佐藤哲夫さんいわく「小遣い100円で、市価300円相当のプラモが簡単に組み立て出来、ガムがオマケ扱いでも、子供たちが喜んでくれれば、それで良い! 」という菓子屋らしくない、逆転発想だったそうです。

 

◇◇◆◇

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現在も続く「セボンスター」は1979年スタートで今年40周年ですから、「ビッグワンガム」発売の翌年に発売されていますね。

 

吉田:

そういえば、「セボンスター」が誕生したきっかけは・・・なんだったんでしょうね?(笑)

 

吉田雄一(写真左)/「ほねほねザウルス」などの商品企画担当。「ドクター・ヨッシー」としても多方面で活躍。

 

岩本:

「セボンスター」よりも前に、女の子向け商品としては「チコちゃんガム」という商品やウサギのキャラクターをメインにした「ジョニー」というオマケ付きチョコレートがありました。「チコちゃんガム」や「ジョニー」は四角い箱のパッケージで販売していましたが、もっと女の子らしい特長を出そうと、そしておしゃれが好きな女の子に注目してもらえるようにと考え、「セボンスター」は当時では斬新な六角形のパッケージを採用しています。

 

 

岩本:

「セボンスター」に付いているチョコレートは、当時大阪工場で作られていたのですが、大阪工場の若手男性社員らが、女の子が喜ぶような商品をと一生懸命考えながら作り上げたそうです。

 

◇◇◇◆

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そんな長い歴史を持つカバヤ食品の玩具菓子ですが、現在はどのような展開をなされているのでしょうか?

 

清水:

現在は、「セボンスター」や「ほねほねザウルス」といった歴史あるオリジナルシリーズを中心に展開しています。直近はこの3人で全てのシリーズを担当していますね。

 

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まさか3人で全部やっておられるとは思いませんでした。

 

辻本:

私は「セボンスター」に加えて「ジュエルボックス」「ガチャッと!」シリーズ、「マジョレットミニカー」などを担当しています。

 

辻本敦志/「セボンスター」などの商品企画担当

 

吉田:

私の担当は「ほねほねザウルス」や「プラレール」「シルバニアファミリー」です。

 

清水:

限られたメンバーではありますが、私たちは「親と子の笑顔を作る、一緒に過ごす時間とそのコミュニケーションを提案する」ということをテーマに掲げてやっています。

 

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親と子、がキーワードなのですね。

 

清水:

実際、セボンスターは「昔からお母さんが持っていたものを子供にあげた」、「親子で一緒に楽しんでいる」と言ってくださる方が増えています。「ほねほねザウルス」もこのまま続けていけば「お父さんと子供」で遊んでくれるような商品になるでしょう。

そんな、ずっと持っていたい宝物、何歳になっても欲しい商品を作り続けることで「親子の笑顔」を作っていきたい。そんな未来に向かって、これからも頑張っていきたいと思います。

 

◇◇◇◇

玩具菓子の歴史を辿る旅、いかがでしたでしょうか?長い時を経て続いているからこそ、他の玩具菓子にはない魅力がカバヤ食品の玩具菓子には秘められているようです。

次回のエピソードは、2019年に40周年を迎えた「セボンスター」についてうかがいます。

 

取材・文:ぬのまる

取材・写真:小縣拓馬

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