<第2回>大手玩具メーカーを脱サラして12年。「木のおもちゃ作家」として歩み続ける

<第2回>大手玩具メーカーを脱サラして12年。「木のおもちゃ作家」として歩み続ける

<第2回>大手玩具メーカーを脱サラして12年。「木のおもちゃ作家」として歩み続ける

ラトル工房ブータレブー

赤ちゃんも安心。手作りの木のおもちゃ

生まれたばかりの娘のために作った「ラトル」の不出来さに絶望し、おもちゃ作家として火がついたと語るサイトウさん。

そこから現在にいたるまでの10年以上の道のり。そして今後の展望についてお伺いします。

 

◆目次◆

<第1回>「生まれて初めて」のものだから。ラトル工房ブータレブーのこだわり

<第2回>大手玩具メーカーを脱サラして12年。「木のおもちゃ作家」として歩み続ける



幼い頃からの夢「おもちゃデザイナー」

 

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木のおもちゃ作家になられる前は、どのような仕事をされていたのですか?

 

サイトウ:

独立する前は大手玩具メーカーのタカラ(現・タカラトミー)で玩具開発担当として様々な商品の企画・開発に携わっていました。私がいま作っているような少量少品種の手作り品とは真逆で、何十万個も製造販売するおもちゃです。

自分の企画した商品がどの玩具店に行っても売られる光景を目にすることは、おもちゃ開発者としてはこの上ない幸せでした。

 

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昔からおもちゃのデザイナーを目指しておられたのでしょうか?

 

サイトウ:

はい。中学1年のときには「おもちゃデザイナーになる!」と言っていましたね(笑)

もともと肥満児だったのでスポーツも苦手で、割とひとりで遊ぶことが多い幼少期を過ごしていました。そんな私をある意味救ってくれたのが「おもちゃ」だったんです。

だからこそ、今度は自分が作る側になりたいと自然に思うようになりました。

 

▲おもちゃの持つ力を、身をもって体感してきたサイトウさん。

 

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当時ハマっていたおもちゃはなんでしたか?

 

サイトウ:

私の世代はみんなそうですが、やっぱり「ガンプラ」ですね。とにかくガンダムが好きで、おもちゃデザイナーというよりも「ガンダムデザイナー」になりたかった(笑)。

 

そこから美術学校に進学後、様々なものづくりを経験したのちに、ガンダムではなく「おもちゃデザイナー」になろうと決心しました。ただ、当時は就職氷河期だったので希望の玩具メーカーはすべて就職面接で落ちてしまいました。

 

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それでも諦めなかった?

 

サイトウ:

はい。一旦は全然おもちゃと関係のない会社に入社したのですがやはりおもちゃデザイナーになる夢を諦めきれず、おもちゃの小さな企画会社に転職しました。そこで経験をつみ、様々なご縁のおかげでタカラ(現・タカラトミー)の中途採用で入社することができました。

「木のおもちゃ」を作ろうと決意したワケ

 

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そんな挫折を乗り越えてようやく掴んだおもちゃデザイナーとしての仕事。しかもたくさんの人に商品が届く幸せも感じておられたのに、なぜ独立を決心されたのでしょうか?

 

サイトウ:

ビジネスの構造上、大手メーカーではどうしても生産効率が求められるため、「少量を長く売る」というビジネスをやるのは難しいです。

 

そして、これは良い悪いではなく価値観の問題ですが、私の頭の片隅には「大量生産ではない、個々に寄り添うオリジナリティのあるものを作りたい」という思いがずっとありました。その思いに当てはまるのが、いま作っているような「手作りのオンリーワンの木のおもちゃ」です。

 

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転機となったのが、娘さんの誕生だったということでしたね。

 

サイトウ:

娘が誕生するとわかったときに、大量生産品ではなく、娘だけのために作ったオンリーワンなおもちゃを用意してあげたいと思ったんです。そして作っていくうちに、「赤ちゃんのためになる、いいおもちゃを丁寧に作り続けたい」と素直に思うようになりました。

 

これこそが自分のやりたいことだし、これからもやっていきたいことだと確信しました。

 

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先ほど「開発者魂に火がついた」とおっしゃっていました。

 

サイトウ:

まだ会社に所属していた頃も、最後のほうは「とにかくラトルが作りたい!」という思いでいっぱいでしたね(笑)。娘に毎日のように試作品を渡しながら試行錯誤し、出来上がったものが周囲の方からも高評価だったので、会社として販売していこうと決めました。

 

 

修正と反省を繰り返し、これからも作り続ける

 

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創業が2007年で、12年が経過しました。これまでの道のりはいかがでしたか?

 

サイトウ:

大変どころの騒ぎじゃなかったですね(笑)。独立して3年目くらいの頃はもうダメかなというくらい。商品の売れ行きも伸び悩んでいました。

それでもなんとか古巣や他メーカーさんの玩具企画をお手伝いしながらなんとか食いつなぐ日々でした。

 

▲サイトウさんの工房。ここで一つ一つ、丁寧な手作りでおもちゃを作られています。

 

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なにか転機があったのでしょうか?

 

サイトウ:

2011年頃に偶然、私と同じように木のおもちゃを作っている作家さんに「一緒に展示販売をしないか」とお声がけをいただいたんです。

その展示販売会がうまく転んで、毎月のように百貨店で展示販売会をさせていただくようになり、ブランドを知ってくださる方や取り扱い店舗も増えていきました。

私自身、それまでは展示販売などに消極的だったのですが、いまでは様々なイベントに出店したりワークショップを開催したりと、積極的に活動するようになりました。それも、最初の展示販売会に誘っていただいたのがきっかけなので感謝しています。

 

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様々な縁を紡いでここまで12年間続けてこられたのですね。今後の展望についてもお聞かせください。

 

サイトウ:

実は創業当初の目標が「10年以上売れる商品を作る」ということだったんです。おかげさまで創業から12年、いまだに創業当初に作り始めたラトルが売れ続けているので、この目標は達成できました。

これだけ続けてきて、あらためて実感しているのは「継続は力なり」ということです。

うまくいっているものは継続し、うまくいかなかったものは修正と反省を繰り返してしつこくやり続ける。それを続けていれば、いずれ人の自分に対する見方も変わってきます。

私は今までもこれからも「おもちゃデザイナー」であり「おもちゃ作家」です。改良を繰り返し、これからも良いおもちゃを作り続けていきたいと思います。

 

▲サイトウさん、素敵なお話をありがとうございました!

 

◆◆◆◆

オンリーワンの木のおもちゃにしかない、手作りのあたたかさ。生まれてきた大切な子供達にそのあたたかさを届けたい方は、ぜひ「ラトル工房ブータレブー」の商品たちをおすすめします。

 

サイトウさんの思いが、きっと商品から伝わってくるはずです。

(おわります)

 

取材・写真・文:小縣拓馬

 

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