<第3回>“フィギュアのPLUM”が鉄道模型に参入!? 技術力を背景に、中央線を極限まで再現する

PLUM
長野県諏訪発のフィギュア・ホビーメーカー
最終回となる今回は、いよいよPLUMの鉄道模型新製品についてお話を伺います。そこには、第1回、第2回で話された、金型屋さんとしてのプライドや、中野さんご自身による電車への思いが詰め込まれていました。気持ちのいいディテールがどのように作られていったのか? その秘密をおうかがいします。
◆目次◆
<第1回>精密機器分野からホビー業界に進出 ~PLUMの精度と品質の理由~
<第2回>地元諏訪に愛されるオリキャラ「諏訪姫」 ~長野・諏訪 地元企業の矜持~
<第3回>フィギュアのPLUMが鉄道模型に参入!? 技術力を背景に、中央線を極限まで再現する
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これまで、ピーエムオフィスエーさんの歴史や立ち位置、諏訪姫を含めた取り組みなどを教えていただきましたが、今回は注目製品ということで、新シリーズの「電車」についておうかがいしたいと思います。
中野:
「JR東日本201系直流電車(中央線)クハ201・クハ200キット」(税抜 12,500円)と「JR東日本201系直流電車(中央線)モハ201・モハ200キット」(税抜 12,500円)がそれです。12月発売予定になっています。
▲「JR東日本201系直流電車(中央線)クハ201・クハ200キット」(税抜 12,500円)と「JR東日本201系直流電車(中央線)モハ201・モハ200キット」(税抜 12,500円)。
中野:
先頭車2両のセットと、中間車2両のセットというラインナップです。10両のセットを組むときに、先頭車2両に、中間車をはさめるようになっていいて、実際の電車と同じ編成が組めるという形ですね。
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並んでいるシーンを作りたくなりますね。モーターで走る鉄道模型ではなく、プラスチックキットなんですよね?
中野:
今までうちは、ロボットやシューティングゲームの機体などばかりで、スケールモデルをあまりやってきませんでした。このたび、新規シリーズで技術力を活かし、我々のベストを尽くしたらどこまで行けるんだろうというチャレンジを含めて、電車を作ってみたんです。
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スケールは1/80ですね?
中野:
鉄道模型としては業界に古くから存在するスケールで、プラで車両を作っているメーカーさんもいらっしゃいますが、スケールモデルとしての解釈で作られた模型は存在しないだろうというところです。そして、鉄道模型で使われているスケールでないと受け入れられないだろうということで、1/80スケールにしました。
我々が鉄道模型を開発する意味は、やはり精密な設計と加工ができるという点だと思いますので、走る模型ではオミットされている部分だったりバランスを、よりイメージに近いものにしたら面白いだろうという話からスタートしています。
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スケールモデルとして作れるサイズというわけですね?
中野:
今まで電車を作ってこなかった、模型ファンのお客様にも作ってもらいたいですね。AFVのような、(ジオラマ的な)使い方をしていただければと思って、「1/80ペーパーキット 電車庫」(税抜 9,800円)も作りました。
▲車両と電車庫の組み合わせ例。
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特撮が好きな人も、使えそうですよね。1/80スケールで、オミットしていない代表的な箇所はどこですか?
中野:
台車の部分でしょうか。鉄道模型だと、走らせるために金属の車輪や集電用の板が付いていますし、モーターやギヤボックスもありますから。走らせる予定のない模型であれば、台車が作れます。実物の台車は台車で、それだけで模型として成立するわけですから、きちんとやってみようという話なんです。
▲台車部分の試作品。内部も細かく作り込まれているが、その奥に写っている車体底面のディテールも見どころ。
中野:
今回キット化したのは旧国鉄の、中央線の201系という電車です。すでに引退してしまっているのですが、2004年までは中央線を走っていました。中央線と言えばオレンジ、というイメージを植え付けた車両なんです。特急や新幹線は模型として存在していますが、通勤電車や地元に根付いている電車、地元に割と愛されている電車達を作れたら面白いと思っていました。中央線は特に、オレンジの電車が引退するときには、鉄道ファンではない人も別れを惜しんだりしましたし。
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そして諏訪にも走っている?
中野:
そうですそうです。臨時電車で諏訪にも乗り入れたり、うちの、秋葉原の事務所の近所を走っているなど、我々とも縁が深い電車という思いもあります。
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人気があって、御社とも縁があるということですね。
中野:
はい。これ、コピーなのですが図面が存在していて、先ほど言った台車なのですが、こうして再現しています。同じ台車にしても、モーターが付いているものとディスクブレーキだけが付いている付随車で形状が違っています。
▲台車の資料と実際の試作品。きわめて細かい検証が行われているのがわかります。
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本当にスゴい再現度ですね!
中野:
ただ、普段鉄道模型ファンが走らせているのが16.5ミリという線路幅です。模型を1/80できちんと再現すると、16.5ミリには乗らなくなってしまう。ですからそこは模型としての解釈を採って、16.5ミリの線路に乗せられるようデフォルメしながら、実物の台車に近づけました。たとえば軸の隙間も、本当は隙間があいたりするのですが、そのあたりはバランスを取って作っています。
▲軸の隙間についての検証。16.5ミリの線路に合わせることと、実車のイメージを損なわないバランスが追求された。
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こうした企画は、東京のメンバーで立ち上げたのですか?
中野:
そうですね。あとは、鉄道に関しては設計の人がのめり込まない限りいいものはできません。ですので、設計担当者は1年間、鉄道オタクではないにも関わらず職人魂でどっぷりと浸かりこんで、彼なりの解釈を導き出しました。鉄道ファンの皆様からのご意見も加味しながら、設計上できる/できないの判断をしたうえで、モールドの彫り込みなどを行っています。
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中野さんご自身は、この商品にどのように関わっていらっしゃるのでしょうか?
中野:
実は、鉄道が分かる人間が僕しかいないので、監修を出すにあたっては、社内チェックは全部ひとりでやらざるをえませんでした。
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構想からこの試作品に至るまで、時間はかかりましたか?
中野:
かかりましたね。結局金型の数も多いですし、そうなるとランナーの数も同様に多くなります。全部自社工場だけで作っているので、実際には受注開始まで2年間くらいかかっています。
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それにしても、試作品を生でみるとほんとうにスゴいですね。つり革も細かい。
▲完成見本のカッティングモデル。綺麗に並んだつり革や窓枠のディテールなど、見応え十分。
中野:
車両の中などの、見えない部分は、見えないからこそ特に力を入れているんです。見える部分はやって当たり前ですから。これは、付加価値としての、ひとつの答えだと思っています。
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お客様の反応はいかがですか? 鉄道ファンの審美眼はたいへん厳しいと思うのですが。
中野:
企画を発表した時点で、鉄道ファンの方々からたくさんのご意見をいただきました。鉄道は、フィギュアなどとは違って、実物があるからこそ皆さんの中にそれぞれイメージが強く残っているのかもしれません。
ワンダーフェスティバル2019[夏]で発表して、いろいろな方からご意見もいただきましたが、概ね皆さんの審査は通ったかなと(笑)。
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鉄道模型ファンの方々は、驚いていたんですね。
中野:
そうですね。鉄道模型の界隈に、突然ぽっと出のメーカーが出現したというのが衝撃だったみたいで。フィギュアメーカーが突然鉄道模型をやり始めたという。
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御社はたしかに、フィギュアが牽引しているイメージがありますからね。
中野:
PLUMといえば美少女フィギュアというイメージでしょう。模型も出していますが、そこまで数は多くないので。そういうメーカーが突然電車の模型を出したらしいという。
鉄道ファンの方にも当然アニメが好きでPLUMをご存じの方もいらっしゃいますから、そういう方々がインフルエンサーになって、コアなアクティブユーザーから、予約しましたとか、買いますというメッセージをいただけているので、認めてくださったのかなあと思っています。
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技術という面では、御社は自信をもっていらっしゃいますもんね。キットの仕様としては、接着剤は使うのですか?
中野:
ほぼスナップフィットです。
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塗装に関しては?ある程度は色分けされていますか?
中野:
ボディや屋根、前面の黒い部分は成型色で色分けされています。つり革や網棚などのステンレス部分はグレーで成形していて、塗りやすくしました。クリアーの部分は、もちろんクリアーパーツになっています。
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商品発売は12月とのことですが、これが御社の今年の目玉商品ですね。
中野:
そうですね。今までとは違う、革新的なものではありますので。フィギュアは、かわいくできて、よくできて当たり前というところまでは達成できていると思っていますので、それは今後安定してしっかり出していくのが大事なのですが、新しくやっていく事業のひとつとして、この電車を今後も続けていきたいなと思っています。
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やはりラインナップも揃えたくなりますもんね。
中野:
すでにお客様から「こんなのどうですか?」といった提案をいただいたりもしています。鉄道ファンはアクティブな方が多いですね。尻込みしてネットで呟くだけ、とかではなくて、メールを下さったりというパターンもありまして、オタク文化の中でもまったく違うジャンルに足を踏み入れたという感覚です。
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先ほどこだわりポイントを教えていただきましたが、他にもありますか?
中野:
設計者がのめり込んで作ってくれたので、こだわりのポイントも調べてくれたみたいなんです。なので、ほぼ何も言わなくても形になったかなと思っています。結局、フィギュアも電車も同じで、顔が命みたいなところがありまして、先頭車の前面のバランスにはかなりこだわって作っています。顔が似ていないと「あ、似てない」というふうになりますから。
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なるほど。
中野:
ほかには、先ほど車両の内部についてご紹介しましたが、運転台周りやライトのフチでしょうか。まずは運転台のパーツですが、メーターなどが中に入るパーツです。
▲運転台のパーツ。よく見ると、1/80スケールながらメーターも彫り込まれている。
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完成したら見えなくなる部分ですが、オミットしないと言うことですよね。
中野:
ほかにも、テールライトのフチに細かいリムがあるのですが、実際の電車はレンズ周りにひとつ段オチがあり、そこにフチが付いているんです。これを再現しているんです。
▲実車の写真。レンズ周りに一段段オチしている箇所がある。
▲模型でも、この段オチが再現された。
中野:
ほかには、「快速」などの表示が出る部分はガラスの一枚奥に幕が入っているように見せるため、クリアパーツを調整しています。これは本当にマニアの世界でしかわからないものなのですが。
さらに、先ほどお話しした台車の裏部分も、配管をできるかぎり再現しています。配管パーツについては、通常の鉄道模型であればモールド表現されているものが多いので、それをお客様が削って真鍮線で置き換えたりするのですが、こちらはもともと別パーツにしています。
ほかにも・・・価格面でも、超絶に細かいディテールの車両がこの価格で手に入るというのも大きいと思います。既存の完成品はとても高価ですが、このキットであれば12,500円ですから、ぜひ体感してほしいですね。
普段は飛行機や船を作っているモデラーの方にも、鉄道に興味をもっていただけたら嬉しいです。モノ自体はもちろんこだわっているのですが、価格に対しても、そういう思いもあります。
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もうすぐ発売ということで、ドキドキですね。
中野:
Twitterを見ると、パーツ集めをしたり、走らせるパーツを買う方、塗料を買いましたとのお話があったりして、そういう準備をみなさん始めているみたいです。そうして準備して考えるのも楽しい趣味ですよね。
社内では続編をやりたいと提案しているのですが、最初の商品が売れないと続きませんから、お客様の応援次第ではありますが、我々も全力投球で頑張っています。売れ行き次第で、新規金型の新商品の展開も、ちょっと考えています。
寝るときもお風呂に入っているときも
企画のことを考えています(笑)
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さいごに、中野さんご自身について、おうかがいできればと思います。どうしてピーエムオフィスエーに入社されたのですか?
中野:
僕はもともと商社に勤めていたんです。そこから転職して、企画兼その他という形で働いているのですが、ピーエムオフィスエーに入ったのは、工業部品を作っていて、ホビーメーカーにはない特徴があり、面白い会社だなと思ったからです。
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アニメなどは元から好きなのですか?
中野:
もちろんです。企画者はやっぱり四六時中アイデアを考えているわけですから、元々そういうものが好きじゃないとというのはあると思いますね。それから、僕はデザインの学校を出ています。形だけを作るだけではなくて、商品の使われ方も考えるのがデザインだと思っていますから、今やっているのはその延長ではないかと思います。手を動かしてデザインしているワケではないのですが、コーディネートもデザイナーの仕事だし、企画もその一部ではないかと。
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企画はかなり自由に考えられているのですか?ピーエムオフィスエーさん、楽しそうです(笑)。
中野:
突き詰めれば、モノが売れれば何をやってもいいので。電車でも、ロボットでもフィギュアでもいい。金属の塊を削ったって、スコップを作ってもいいわけです。そういう、我々でできることをどんどん出して行くというのが、ピーエムオフィスエーの一番の特徴なのかもしれません。
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今後やっていきたいこと、目標などはありますか?
中野:
まずは、鉄道が軌道に乗ってほしいですね。それから自社のオリジナルで、建物やドールハウスも出していきたいと思っています。我々は小ロットで急に再生産ができたり、スケジュールの入れ替えができるところが強みだと思っていますので、そういうところも強化できたらいいなと。
模型だけではなくて、オモチャに寄った完成品なども作ってもいいので、そういうものを世の中に提供できればと考えています。
文:吉川大郎
取材・写真:小縣拓馬